なぜケータイ小説は売れるのか(ソフトバンク新書063)

なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書)なぜケータイ小説は売れるのか (ソフトバンク新書)
(2008/02/16)
本田 透

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『恋空』『Deep Love』『赤い糸』…次々とベストセラーを生み出し、メディアミックスを展開するケータイ小説。売春、レイプ、妊娠、薬物、不治の病、自殺、そして真実の愛と過激な要素が満載のケータイ小説に若者はなぜハマるのか?その市場や社会的背景、作品分析に至るまでを鮮やかに読み解いていく。誰もがケータイを持つ時代に咲いた徒花か、それとも新しい文化の始まりなのか、ケータイ小説を読まない人でも、これ一冊で分かる画期的な内容。


ケータイ小説に関する本を出しているので、ケータイ小説に好感を抱いているのかと思ったが、逆に全く共感出来ず、何度も本を壁に放り投げたくなる衝動に駆られる方だったので笑った。

“大きな物語”が凋落して以降、“小さな物語”が乱立するようになるのだが、格差によって小さな物語すらリアリティを失って行く。ネット環境に接続するための設備機器格差、東京と地方の格差、そして頭の格差も当然含まれる。

従来の小説は頭が良い人のための小説で、ネット小説は頭が悪い人のための小説として論じていて笑った。そこまでストレートに書いてしまうと、ケータイ小説を読んでいる層に反感持たれるんじゃないのか!? 頭が悪い人は、こういう新書すら読まないので、目に触れない可能性は高いけど。

ケータイ小説は、一応小説ではあるけれども、文学ではなく大衆芸能、民間説話であると論じる。是非はともかく、別に文学に取り込まれなくても良いんじゃないのかという気がする。文字が少なく改行だらけ、描写が浅く、レイプ、妊娠、自殺未遂、難病といったワンパターンで極端なイベント。こういうペラさが失われて文学的になってしまったら、ケータイ小説を読む層はついて来られなくなるではないか。

自分達には理解し難いモノが売れてしまう嫌悪感や反感でケータイ小説を叩きがちだが、お互いに住んでいるレイヤーが異なるのだから、干渉せず生暖かく見守ってあげれば良いんじゃなかろうか。巷に溢れる本が、売るために中身ペラくて文章スカスカのネット小説クオリティだらけになったら困るけど。難解な構成だったり、知識力を要求されるバカお断りの小説は、どうしても読者人口が少なくなってしまうからなぁ。

頭の良し悪しに関わらず、“物語”を必要とし、癒されているうちはまだ幸せだよね。私はフォースの暗黒面に堕ちすぎて、もはや大小に関わらず“物語”では癒されなくなってしまった\(^o^)/


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セカイ系とは何か(ソフトバンク新書125)

セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 (ソフトバンク新書)セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 (ソフトバンク新書)
(2010/02/18)
前島 賢

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セカイ系とは、『新世紀エヴァンゲリオン』以後を指し示す言葉に他ならない。アニメ、ゲーム、ライトノベル、批評などなど―日本のサブカルチャーを中心に大きな影響を与えたキーワード「セカイ系」を読み解き、ポスト・エヴァの時代=ゼロ年代のオタク史を論じる一冊。


「セカイ系」という言葉が一人歩きしてしまった中で、セカイ系とは何なのかについて取り組んだ意欲的な一冊。

セカイ系とは何なのかについての議論が抜け落ちたままだった中で、各自がそれぞれの感覚で色分けしても、対話にならないからね。一応、セカイ系についての定義づけはされているけれども、曖昧なままで、万人に共通の言葉とはなっていない。

とりあえず、少年と少女の関係(恋愛)が優先、少女が戦い少年は見てるだけ(笑)、社会性の描写が排除されるといったパターンはあるが、代表的なセカイ系作品と看做されるものでも、当てはまらない場合が多々ある。

セカイ系をヨイショするのでもなく、貶す訳でもなく、具体的な作品名を挙げながら論評して行くので、同意出来るか否かはともかく、一連の流れがよく分かる。


物語を描かずに小さなセカイが全てみたいな感じになっていて、主人公が上から目線で自らの小さな考えをセカイであるかのように延々と一人語りするセカイ系は、個人的には苦手である。というか、もはや意味不明系作品群である。エヴァも後半の投げっぷりに、一気に萎えたし。何で社会現象にまでなったのか理解し難いのだが、もしかして、第三世代以降のオタクだと、上手くセカイ系とシンクロ出来たりするの?



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ゼロ年代の論点(ソフトバンク新書154)

ゼロ年代の論点 ウェブ・郊外・カルチャー (ソフトバンク新書)ゼロ年代の論点 ウェブ・郊外・カルチャー (ソフトバンク新書)
(2011/02/18)
円堂 都司昭

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ゼロ年代に批評は何を論じてきたのか?注目すべき多くの書籍を通して、ゼロ年代の論点を文芸・音楽評論家が浮き彫りにする。そこから見えてくる従来とは異なる表現のかたちやネットの影響力、そして街並みの変容などは、まさに現在考えるべきテーマだ。本書はブックガイドとしてはもちろんのこと、ゼロ年代に論じられた幾つものポイントをナビゲーションする役割も果たすだろう。


ゼロ年代に関して、自らの言葉で論じていく書籍ではないので注意。ゼロ年代に関する様々な著書を取り上げて紹介する形になっている。ゼロ年代についての考察を期待すると、本書だけでは満足出来ないかもしれない。

数多くの文献が紹介されているので、ゼロ年代に関するブックガイドとして、かなり役に立つ。本書を参考に、各章で紹介されている書籍にあたれば、より理解が深まるだろう。


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アフリカで誕生した人類が日本人になるまで(ソフトバンク新書162)

アフリカで誕生した人類が日本人になるまで (ソフトバンク新書)アフリカで誕生した人類が日本人になるまで (ソフトバンク新書)
(2011/05/19)
溝口 優司

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私たち日本人は、どのようにして生まれたのか―700万年前に最初の人類である猿人がアフリカで誕生し、さまざまな淘汰を繰り返しながらホモ・サピエンスへと進化し、ついに人類が日本列島にたどり着くまでの壮大な物語。日本人の起源についてはさまざまな説が論じられているが、本書では形質人類学による最新の研究結果を基に、日本人のルーツの謎に迫る。


第1章は猿人から現生人類に進化するまでの700万年の旅を時間軸で見ていく。第2章で、アフリカで誕生した人類が世界各地へと広がっていく過程を、DNA情報などで検証していく。気候や環境などで遺伝子に差が生じて行くのが興味深い。第3章で、いくつかのルートから日本に渡った人類が日本人となる過程が書かれるが、縄文人と弥生人は渡って来た時期が違うだけではなく、体型にもかなり差があったのか。

色白が好まれる理由について、面白い仮説を書いているが、じゃあ日本人男性がブロンド美女に弱い理由も、白人コンプじゃなくてDNAが黒幕って事か(笑)!?


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日本を変えた10大ゲーム機(ソフトバンク新書087)

日本を変えた10大ゲーム機 (ソフトバンク新書 87)日本を変えた10大ゲーム機 (ソフトバンク新書 87)
(2008/09/17)
多根 清史

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ゲーム機を通して見えてくる現代史!? ファミコン、ゲームボーイ、PS、XBOX、ニンテンドーDS、Wiiなどなど……。ゲーム業界のみならず、技術やビジネス、さらには文化に大きな影響を及ぼした日本のゲーム機が勢ぞろい。これらゲーム機を知ることで、「ゲーム立国・日本」のすべてがわかる!


インベーダーの上陸からファミコン、スーパーファミコン、ゲームボーイ、プレステ、プレステ2、XBOX、ニンテンドーDS、Wii、プレステ3と、ゲーム黎明期から今に至る業界事情。ゲーム業界の覇権争いに関しては流れがよく分かるが、日本を変えたのかどうなのか、語られていないじゃないか。

ハード開発に振り回されるソフトメーカーも厳しいが、乗っかるハードを見誤ると残念な事になってしまうのは消費者も同じである。いくら優れていても、やりたいゲームが出なければただの箱以下だからね。プレステ→プレステ2のような一部の例外を除いて、互換性は無いので、ゲーム毎にハードを乗り換えなければならないのも消費者に優しくない。


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YouTube革命(ソフトバンク新書029)

YouTube革命 テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスのゆくえ [ソフトバンク新書]YouTube革命 テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスのゆくえ [ソフトバンク新書]
(2006/12/16)
神田 敏晶

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テレビCMのビジネスモデルが崩壊の予兆を見せ始めているといわれる。ユーチューブ上で映像が「検索」され、口コミ感覚で「共有」される時代には広告マーケティングにも、従来とはまったく異なるユーザー重視のアプローチが必要だ。今まさに起こりつつあるこの革命で誰が笑い、誰が泣くことになるか? 『Web2.0でビジネスが変わる』著者がメディアのパラダイムシフトを読み解く。


著作権侵害に抵触するようなシステムやビジネスモデルは、いつも潰されて来たので、この手の動画共有サイトも、そのうち圧力をかけられて終わると思っていたが、Youtubeは上手く生き延びる事が出来たようだ。

急拡大し、市場や消費者に対する影響力が増大した事もあるが、やはり米国メディア陣営の方針転換による部分も大きいだろう。単に自らの権益を侵害する敵対者としてではなく、動画共有モデルにおける潜在的な可能性を見抜いて取り込むあたり、やはり米国の経営陣はバランス感覚が優れている。

さて、馬鹿みたいに騒いで三万件も削除依頼を出した、何処かの島国の既得権益層は、どうなる事やら。ここまでの動向を見るかぎり、特権に保護されているだけのウマシカさんに見えるのだけど。

著作権侵害を放置して良いという訳ではないが、未だに視聴率という亡霊に囚われて、目の前にあるニーズやウォンツを取りこぼしている現状、あまり賢いとは思えない。

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