レモンの歴史

4562051116レモンの歴史 (「食」の図書館)
トビー ゾンネマン Toby Sonneman
原書房 2014-11-27

by G-Tools

しぼって、切って、漬けておいしく、油としても使えるレモンの歴史。信仰や儀式との関係、メディチ家の重要な役割、重病の特効薬…アラブ人が世界に伝えた果物には驚きのエピソードがいっぱい!レシピ付。料理とワインについての良書を選定するアンドレ・シモン賞特別賞を受賞した人気シリーズ。


まだユーラシアとオーストラリアが繋がっていた2,000万年前、マンダリン、ザボン、シトロンという3種類の柑橘類が自然発生した。他の柑橘類は、この3種類が自然交雑する事で生まれた交配種である。

レモンは遺伝的特徴のほとんどをシトロンから受け継いでいる。シトロンは異様に大きく、でこぼこしたレモンといった感じの果物であると書かれているが、シトロンを見た事が無いのでグーグル先生に聞いてみたところ……。ちくしょう! よく分からんけど、眼鏡をかけた金髪キャラばかり出てきやがる(笑)!

シトロンはインド東北部に生えていたらしいが、メディア、ペルシア、バビロニアと旅を旅を続け、ユダヤ人によってパレスチナに到達。さらに、アレクサンドロス大王と出会い、地中海へ。欧州に到達した最初の柑橘類となるが、この時点ではまだシトロンであり、レモンに進化していない。

シトロンは水気が少なく、苦みがある不味い食べ物だったが、万病に効く薬や解毒剤だと考えられたため、珍重された。話の流れからすると、このシトロンが地中海でレモンに進化するのかと思うが、詳しい事が分かっていないだと!? ただ、4世紀にレモンとシトロンを混同している司祭がいるので、その頃には存在していたようである。

ペルシア人やアラブ人がレモンを好んでいたらしいので、地中海でレモンになったのではなく、原産地でレモンに進化したものが、シトロンの後を追って西側に旅をして来たのかもしれない。イスラム教の拡大とともに、レモンも地中海に広まった。シチリア島は、カリフォルニアに抜かされる20世紀の初めまで、世界最大のレモン生産地であり続けた。

今では普通に買えるレモンだが、中世だと宮殿の晩餐会で飾られる高級品だった。当時の物価が分からないので、具体的にどのくらいの高級品なのか不明だが、現代で例えると、金持ちの家に遊びに行ったら出て来る、諭吉さん単位の高級メロンみたいな感じだったのかね?

フィレンツェのメディチ家は柑橘類を栽培していたが、カテリーナ・デ・メディチがフランスのアンリ2世と結婚する時、料理人や菓子職人を同行させた。この料理人達が、レモンなどの柑橘類の利用を促した可能性が高い。カテリーナの孫、ルイ14世は温室で柑橘類を栽培し、権力の象徴とした。

大航海時代になると、船乗り達は海の疫病で300年間も苦しめられる事になる。この恐ろしい病で200万人を超える船乗りが死んだが、レモンが救世主となる事を知るまでに長い時間がかかった。

大西洋を渡ったレモンは、当初は欧州産のものと比べ物にならないほど粗悪品だったが、カリフォルニアで高品質のものが作られるようになる。柑橘類生産者販売協同組合がサンキストというブランドで売り込みに成功し、大恐慌が深刻化する中でさえ、レモン栽培農家の繁栄は続いた。

世界中に広がった柑橘類だが、良い事ばかりではない。1930~1950年代にトリステザというウイルスが広がり、1億本が枯れ、さらに何億本も被害が出た。人間で例えたら新型インフルエンザのパンデミックみたいな感じである。現在も、カンキツグリーニング病という病が広がっている。

レモンは食べるためだけでなく、洗剤、つや出し剤、消臭スプレー、シャンプー、保湿剤、香水など、様々な物に使われている。レモンを直接食べる事は少なくても、これだけ生活に関わっているとなると、レモン畑が壊滅したら困った事になるだろう。


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