秘密結社テンプル騎士団

4391121743秘密結社テンプル騎士団―謎に包まれた聖地の守護者 (開かれた封印 古代世界の謎)
ニコラス ベスト Nicholas Best
主婦と生活社 1998-05

by G-Tools

テンプル騎士団とはどのような集団だったのか。単なる修道騎士団か、それとも、悪魔崇拝者にして謎めいた偶像崇拝者か。そして、なぜ彼らは迫害され続けたのか。現代もフリーメーソンとしてその命脈を保つ秘密結社の謎。


開かれた封印 古代世界の謎12

ハリウッド映画などでよく登場するテンプル騎士団だが、十字軍の時代に活躍したこの秘密結社は、悪党どもにな擦りつけられた冤罪で悪魔崇拝者とされてしまい、悲劇的な結末を迎える。

テンプル騎士団は、聖地エルサレムの巡礼者が道中無事で過ごせるよう、彼らを保護するために設立された。当時は、初代総長ユーグ・ド・パイヤン、その相棒ジョフロワ・ド・サントメールを含め、僅か9名しかいなかった。他の宗教騎士団とは異なり、軍隊色を強調していた。

当初、テンプル騎士団には宿泊場所すら無かったが、やがてエルサレムの二大聖所のそばに住居施設が設けられる事になった。騎士団本部を兼ねた領主館はソロモン王の神殿跡と思われる場所に建てられ、テンプル騎士団(神殿騎士修道会)という名称となった。

エルサレムを攻略した十字軍兵士はすぐに帰国してしまったため、常駐するテンプル騎士団の重要度が増して行った。キリスト教圏の各国から費用を募ったところ、膨大な活動資金を得る事になった。十字軍遠征に係る費用を長年管理してきた結果、一介の兵士ではなく、銀行家や財務官としての能力を兼ね備える事になる。9000か所にも及ぶ所領を持つ大地主にもなっていった。

秘密主義的なテンプル騎士団には、次第に良からぬ噂が立つようになったが、財政難だったフランス王フィリップ4世に目を付けられてしまう。告発の大半は冤罪だったと思われるが、テンプル騎士団ノルマンティー管区長ジョフロワ・ド・シャルネーとテンプル騎士団総長ジャック・ド・モレーを始め、大半の団員が悪魔崇拝者として捕えられてしまった。

教皇クレメンス5世も、フィリップ4世の後押しで教皇に選出されていたので、フランス国王の味方となり、テンプル騎士団を断罪した。捕えられた団員の多くは、罪を認め暗い牢獄で緩やかに死んでいく方を選んだが、ジョフロワ・ド・シャルネーとジャック・ド・モレーは無実を主張して火あぶりとなった。

死に行く瞬間、総長は「我らに仇なせし者に災いあれ! 我らが無念は神によって晴らされん。いずれ神より正義の裁きが下されようぞ。我らが敵どもに、みずからの成したる行いの報いとして、我らと同じ苦しみを与えたまえ!」と、敵を呪いながら焼かれていった。

それから33日後にクレメンス5世が死んだ。7か月後にはフィリップ4世も47歳で急死した。本当に呪われたのか、ただの偶然なのか、誰にも分からないようにテンプル騎士団側の人間が暗殺したのかは知らないけど、因果応報な感じである。

それにしても、フィリップ4世は端麗王と呼ばれていて、コーエーのシミュレーション・ゲームでも随分とイケメンになっているのに、金を奪うために冤罪事件を起こすようなクズ野郎だとは知らなかった。


にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する