森と山と川でたどるドイツ史(岩波ジュニア新書817)

4005008178森と山と川でたどるドイツ史 (岩波ジュニア新書)
池上 俊一
岩波書店 2015-11-21

by G-Tools

豊かな森、そびえ立つアルプス、縦横に流れる川―その自然を抜きにドイツという国は語れません。なぜ魔女狩りやユダヤ人迫害が起きたのか?工業で栄えた理由や音楽が盛んな背景は?どうして名物がビール・ジャガイモ・ソーセージ?自然を切り口に歴史をたどれば、こうした謎が解けてきます。歴史や国民性の概観に最適!


平地の多いフランスと違い、ドイツは地質学的のも気候学的にも豊かな森林地帯となっている。ライン川、ドナウ川、エルベ川、マイン川、ヴェーザー川、オーデル川、シュプレー川、ルール川、ザーレ川、モーゼル川が、縦横に流れ、様々な形で農業、商業、工業などの産業発展に貢献してきた。

ローマ帝国は、この地に住み着いたゲルマン人を長い間、退けてきたが、東側に出現したフン族に押し出されたゲルマン人が帝国内に流入すると、西ローマ帝国は崩壊してしまう。ガリアに住み着いたフランク族が新たに国を作り、西ローマ帝国の後継者として版図を広げる。

その後、王国がヴェルダン条約で分割相続され、東フランク王国が神聖ローマ帝国を経て、最終的にドイツという国になる。

フランク王国が統一されたのは一時期だけで、すぐに封建的な分立が際立つようになる。東フランク王国内でも、部族の名残を伝える公国がいくつも出来、北からはノルマン人が侵入し、東からはマジャール人が侵入して、都市や教会を略奪した。

東フランクの王となったフランケン公コンラートが亡くなると、ザクセンのハインリヒが遺言によりフランク王国を継承しザクセン朝が始まる。ハインリヒの子オットーは、962年に教皇ヨハネス12世によって、ローマで皇帝として戴冠し、神聖ローマ帝国となる。

森は誰の物でもなかったが、次第に王の所有するものとなり、貴族や修道院に与えられる事で私有化されて行く。ドイツでは穀物の生産量が低かったので、冬になると家畜の餌が不足してしまう。人々は秋になると豚を森に連れて行き、森の恵みを食べさせた後、ソーセージにした。

王は森での狩猟権を持っていたが、これは貴族階級に分け与えられた。現在でも35万人が狩猟免許を取得しており、ノロジカ100万頭、猪50万頭、野兎50万匹、雉35万羽が狩られている。

隣国のフランスが王権を強化していくのに対して、神聖ローマ帝国は選帝侯によって皇帝が選ばれ、対立皇帝を担ぎ出す諸侯もいて、ローマ教皇まで介入してくるため、国として全く纏まらなかった。大空位時代という、実質上、皇帝が不在の時期まで存在し、諸侯の権限が強化されていった。

農村部では農業技術の改良によって、生産力が高くなり、村落共同体もある程度の自治権、裁判権を手に入れる事になる。耕作地は増加し、工作方法も二圃制から三圃制になり、小麦、ライ麦、大麦、燕麦などの麦類を中心に、豆類も植えるなど、作物の多様化が図られ、天候不順による不作にも備えられるようになった。

村落共同体の力が高まると、新たな開拓地に入植する事で、より自由な身分と特権を得る事が出来るようになる。最も大規模な植民は、エルベ川より東に入植する、所謂、東方植民だった。東方の土地をドイツ化する事で、ブランデンブルク辺境伯領、さらに東方にドイツ騎士団領が出現する。

ゲルマン系の騎士や修道院や農民が領土を求めて東側を侵食していくが、そこは無人の土地だったわけではなく、バルト系やスラヴ系の人々が住んでいたので、土地を奪われ追い出されたりして、酷い目に遭っている。

ドイツには植物に含まれる自然的物質ないし特性で、病気からの治癒力を高めるウィリディタース(緑性)という概念がある。ゲルマン的な多神教、自然崇拝の流れを汲んでいるのだが、宗教革命でプロテスタントとカトリックが対立し、戦乱の時代になると、魔女狩りの対象となってしまった。

15世紀から18世紀にかけて魔女狩りによる宗教裁判、世俗裁判で無実の人間が多数殺されたが、被害者はドイツに集中している。そして、ケルン、トリーア、マインツなど選帝侯となっている大司教領、司教領、ドイツ騎士団領など、教会勢力が力を持っている地域で被害者が多かった。デミウルゴスを信じる某邪教はロクな事をしない。

王権を強化して強国となったフランスに対して、神聖ローマ帝国は300以上の分立領国状態で、言語も法も行政もバラバラだったが、その事でフランス革命の理念が伝染し、下からの革命が起こらなかったのだから皮肉である。ナポレオンによって神聖ローマ帝国にとどめが刺されると、プロイセンを中心とした新国家にまとまる動きが加速する。

バイエルン王国、ザクセン王国、ヴュルテンベルク王国、バーデン大公国、ヘッセン大公国、ブラウンシュヴァイク公国、メクレンブルク=シュヴェリーン公国、オルデンブルク公国、テューリンゲン諸国などがプロイセン王国に併合され、ドイツ帝国が出現する。主導権争いに敗れたハプスブルク家のオーストリアは、同じ民族でありながら、仲間に入れなかった。

ドイツは国土の31%が森林地帯だが、アカマツやトウヒをはじめとする針葉樹林にブナやナラなどの広葉樹がミックスされ、バランスよく栽培されている。木材は間伐材や木片、おがくずまで無駄なく利用されている。ドイツの山岳地帯は雨量が多く、積雪も多いのだが、森が大量の水が流れないための貯水池としての役割を果たしている。

国土の三分の二が森林であるにも関わらず、スギやヒノキばかり植えて森の多様性を無くし、林業が上手く行かずに放置され、土建屋と政治屋を潤わすためにアホみたいにダムを造りまくる、何処かの島国とは大違いである。


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