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読書電撃戦

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Author:Riesling
あまり、電撃戦的な速度で攻略出来てないような気が……。図書館に無いから、電撃文庫は少なめです。

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■■■オリーブの歴史

4562053178オリーブの歴史 (「食」の図書館)
ファブリーツィア・ランツァ 伊藤綺
原書房 2016-04-28

by G-Tools

文明の曙の時代から栽培され、多くの伝説・宗教で重要な役割を担ってきたオリーブ。神話や文化との深い関係、栽培・搾油・保存の歴史、新大陸への伝播等を概観、また地中海式ダイエットについてもふれる。


オリーブは紀元前1万年には発見されていたと考えられ、栽培種は紀元前4000年頃に現れた。オリーブの木は十分に収穫出来るようになるまで35年もかかる。

こんなにかかったら人生をかけてオリーブの木を植えるというか、自分が植えて子供が収穫するような事になりそうである。単年度で成果を生み出す事を要求する、今のアングロサクソン型資本主義の国や、それに毒された何処かの島国ではやってられないだろう。

オリーブ栽培は、シリア、パレスチナ、クレタ島で個別に発達したと考えられている。クレタ島のオリーブは、エジプトに売られていた。エジプトではオリーブ油を神への供え物とし、神殿の灯明として使われた。

産業革命以前の時代に、オリーブ油生産が最高水準に達したのはパレスチナだった。パレスチナでは1台の搾油機が最大2000トンの油を製造でき、灯火用、化粧用に使用された。

フェニキア人はパレスチナのオリーブをキレナイカ、カルタゴ、シチリア、サルデーニャ、スペインなどに広めた。ローマ帝国が支配地域を広げると、属州にオリーブを移植していった。気候が生育に適していた地域では、現在でもオリーブ畑が残っている。

古代ローマ人が培ったオリーブの栽培、収穫、圧搾に関する知識や技術は、中世になると失われてしまう。またしても中世暗黒時代か。移動して来たゲルマン民族は、ローマ文明を破壊しただけで、継承しなかったのか。料理用オリーブ油の製法と、オリーブの保存法も失われた。

大航海時代になると、オリーブの木も新大陸に渡る。最初のオリーブの木は1520年、西インド諸島のイスパニオラ島とキューバに到着した。フランシスコ会、イエズス会、ドミニコ会の修道士の栽培努力のおかげで、オリーブはメキシコやアルタカリフォルニアに広がる。メキシコが独立し、教会から土地を没収すると、オリーブ園は荒れ果てた。
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